Rabbit Moon in Brooklyn NY

Rabbit Moon in Brooklyn NY

Release Date: Oct 28, 2014

空港から乗ったバスを降りると、そこは荒んだ街だった。

ゴミが散らかったストリート、寂れたスーパーマーケット。歩いている人は黒人のみ。

完全に、アウェイ。レイドバックなオレゴンの夏休みでゆるんだ神経に、一気に緊張が走る。私はスーツケースの持ち手を握り締め、しばしバス停に立ち尽くした。

ここはニューヨーク、ブルックリンのベッドスタイ (Bed-Stuy)。マンハッタンのハーレムと並ぶ、アフリカン・アメリカンの居住地区だ。どのガイドブックにも「安全には十分注意すること」と書いている場所。よく調べないで、急いでステイ先を決めたので、こんな事になってしまった!

 

スーツケースを引きずりながら、何とかステイ先のマンションの前まで辿り着く。

宿主の指示通り、キーボックスを探すけれど、どこにも見当たらない。マンションに入れない!背中に冷や汗が滲む。ランドリーの店番のおやじが、じっとこっちを見ている。この絶望感、想像出来ますか?

マンションの入り口付近を右往左往していると、隣のドアが開いて、白人の青年がひょっこり顔を出した。そして、小さな青リンゴを齧りながらこう言った。「デクスター(宿主)のとこ泊まる人?」

救世主、現る。

 

彼は「とりあえず入れば?」と言って、隣のドアを開けてくれた。

入るとすぐエスプレッソマシンが目に入った。マルゾッコのリネア、ピカピカの二連。そうか、ここはカフェなんだ。彼は「デクスターが来るまで、ここでコーヒー飲んでなよ。椅子無くてごめんね」と言って、カプチーノを作ってくれた。優しくて甘いカプチーノ。

 

蜂蜜をたっぷり入れて、飲み干す。私は少しずつ落ち着きを取り戻していった。

彼の名前はマイケルという。私とマイケルは、宿主を待っている間、コーヒーを飲みながら色々なことを話した。このお店はつい二週間前にオープンしたばかりだという。三人の仲間でやってること、これまで行ったコーヒー屋の中でどこが一番好きか、ニューヨークではどこに行くべきか。

無事、宿主と連絡が取れ、マンションに落ち着いた私は、出かける前に必ずこのカフェに立ち寄るようになった。カフェの名前は「Rabbit moon」。マンハッタンの人混みとクールさに疲れたとき、彼のキュートな笑顔とコーヒーは私を暖めてくれた。味も抜群。甘さのあるライトローストで、私好みだったのだ。

「Rabbit moon」は、ブルックリンの今を象徴するようなカフェだった。

コーヒー豆の品質は高く、マンハッタンにある「Plowshares Coffee Roasters」を使っている。コーヒー以外にも、地元ブルックリンの名物「Brooklyn Brine」のピクルスを販売したり、地元の野菜を定期的に販売するシステムに参加している。(「Community-supported agriculture」略してCSAと言われる)

この地区には、こんなお店が少しずつ増え始めているようだ。

ヒップな若者たちが自分の手でビジネスを作り上げる。ローカルに根ざし、本当に良いものを求める。ベッドスタイの誇り「Dough」のドーナツや、クールなベーカリー「Scratch bread」、オーガニックのデリ「Choice market」など、成功者は後を絶たない。「Rabbit moon」もその一つとして名を連ねて欲しい。

当然、彼らのコーヒー偏差値はバッチリ高い。「Dough」と「Choice market」は「Brooklyn Roasting Company」、「Scratch bread」は「Stumptown」。今や、気合い入れてビジネスをしている人たちは、中途半端なコーヒーを選ばない。スペシャルティコーヒーと、このブルックリンで起きている新たなムーブメントは、密接に繋がっている。

 

 

黒人しかいないベッドスタイからマンハッタン方面に歩いて行くと、少しずつ白人が増えてくる。

グリーンポイント辺りまで来ると、白人しか居なくなる。このグラデーションはリアルだ。人種と文化がぶつかり合って融け合う、そのダイナミズムをここまでダイレクトに感じられる街は、そう多くはないだろう。

裕福な白人が地元の住民を追い出してしまう、と考える人もいる。昔ながらのブラウンストーンの街並やヒップな雰囲気を気に入って、若いアーティストやカップルが、この地区に移住し始めている。住民の所得が上がれば、当然物価も上がり、地元の住人にとっては暮らしにくくなる。

しなしながら「Rabbit moon」を訪れる人たちを眺めていると、そんな考えは横に置いておきたくなる。2ドルを握りしめてコーヒーを飲みにくる黒人のおばあちゃん、ランの途中で立ち寄る白人の女の子、小さな子供を連れた夫婦。彼らはコーヒーを受け取って、笑顔で次の場所へ向かって行く。そこには、この地区の素敵な未来が見える。コーヒーには、人と人を繋ぐ力があるのだ。

 

ベッドスタイの住人は、日々の暮らしを楽しんでいる。毎朝身なりを品よく整え、子供を学校まで送って、マーケットまで買い物に行く。休日になれば、バックヤードでバーベキューをしたり車の整備をして過ごす。

 

ストリートアートだらけのラフな雰囲気の中、ホームレスや物乞いは、なぜか全くいない。叫んだり暴れたりしている人もいない。夜が更けると街は静まり、パトカーのサイレンも聞こえない。むしろ、マンハッタンの裏路地の方が危なく感じられるくらいだ。

 

現在、土曜日の夜七時。まだ明るい。マンションの部屋の窓から隣の公園を覗くと、数十人の若者が寄り集まって、バスケットボールのコートでゲームをしている。ヒップホップとR&Bをガンガン流しながら、観客もプレイヤーも一緒になって騒いでる。

どの国でも、どの街でも、そんな愛おしい日常が淡々と続いている。

 

店舗情報

AUTHOR

_yamada

ロースター。コーヒーを通じてMERRYな時間を共に創るプロジェクト「MERRY TIME」の立ち上げに参加。 自分のコーヒー観を深めるために渡米する。

https://www.facebook.com/merrytime.cafe

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